自宅に取り残された父親を助けようとしたため津波で同時死亡した親子がいます。その父親は自宅をその子に相続させる遺言書を作っていました。同時死亡の場合、遺言書の効力は生じるのでしょうか?生じない場合、どのような一文を加えておけばよかったのでしょうか?
夫婦は一つの財布とばかりに夫婦間で預貯金移動を行っていた場合、贈与税や相続税の課税関係は生じるのでしょうか?余裕資金がある場合の相続対策の定石である生命保険金の非課税枠の活用は、意外と実施されていません。何故なのでしょうか?
独りで相続対策を実施した3つの実例を基に、相続対策の専門家に相談すべきであった理由を記します。独りで対策を実施されている方や後回しにされている方は、ご参考にされてください。
二つ目の実例 「夫婦間の預貯金移動により多額の贈与税を納付」
福岡県の佐藤さん(仮名)は、両親が立て続けに亡くなり体調を崩した奥様名義の預貯金の管理を行うようになりました。両親から遺産を引き継いだ奥様が亡くなると相続税の納付が必要になると思った佐藤さんは、奥様名義の預貯金カードから引き出し額の上限である50万円を引き出し佐藤さん名義の預貯金口座に入金していました。夫婦間で移動した預貯金の金額は2013年と2014年の二年間で2千万円でした。
2019年7月、近所の内科で胃腸炎を診断されたもののお腹の痛みと張りがおさまらない佐藤さんは総合病院を受診し、すい臓癌の進行が進んでいることがわかりました。自宅療養を望んだ佐藤さんは、同年10月に亡くなりました。亡くなる前に、佐藤さんは、ご自身名義の口座から6千万円を引き出し奥様名義の口座に同額を入金しました。以前に奥様名義の口座から移動した2千万円を奥様に返却するとともにご自身の相続対策を取ろうとされたのかもしれません。
相続税の申告を受託した私は相続人窓口の佐藤さんの次女に対し、「相続税の申告書を受理した税務署は最低でも佐藤さんの死亡日前5年分の佐藤さんと親族の預貯金口座情報を取得し親族間の預貯金移動調査を行う」ことを説明しました。その後、次女から受領した佐藤さんと奥様の死亡日前7年間分の預貯金口座入出金記録を基に、50万円以上の入出金明細表を作成した結果、上記の夫婦間の預貯金移動が判明しました。
何故、預貯金移動を行ったのかを奥様,長女,次女にヒアリングを行い、佐藤さんが残されたメモや日記などがないかも調べてもらいました。2013年と2014年に行った預貯金移動2千万円の合理的理由は判明せず、その2千万円は佐藤さんご自身のお金として使われていた形跡がありました。資産税に強い税理士,国税の資産税出身税理士,当社の顧問弁護士に相談した結果、この2千万円については「佐藤さんが管理をしていても実質は奥様名義の預貯金と認められる事実関係はなく、奥様から佐藤さんに対する贈与と解釈するのが妥当」との結論にいたりました。なお、2019年に行った6千万円の移動については、相続開始年分の贈与は相続税の課税価格に算入される規定により、贈与税の課税関係は生じません。
2013年分の贈与税の時効は2020年3月16日(※3),2014年分の贈与税の時効は2021年3月16日であること、税務調査の事前通知前に自主的に期限後申告をした場合の加算税は5%,税務調査を受けてから期限後申告をした場合の加算税は20%であることを伝えた結果、2020年4月に2014年分贈与の期限後申告を行いました。この贈与税の納付額(加算税と延滞税を含む)は佐藤さんの相続税申告において債務に計上しましたが、自宅土地の評価減や配偶者の税額軽減の規定の適用により、そもそも相続税負担は少なかったため、贈与税額から相続税額を控除した金額は200万円程度となりました。
奥様の相続対策には生命保険金の非課税枠や親族に対する暦年贈与の活用もできました。
※3「贈与税の時効」
贈与税の申告期限(翌年3月15日)から6年間。贈与時から起算すると6年3月15
日~7年3月14日となる。他の税目に比べて長い。
三つ目の実例 「後回しにしている間に生命保険加入できず」
生命保険金の相続財産の非課税枠について知らない方も多く、知っていても両親の加入している保険の内容を把握していないかたも多いため、活用されていないことは多いです。両親の相続時には相続税が課税されそうとなり、生命保険に加入しようとしても、意思能力がないとみなされるため加入できないこともよく聞きます。
ご両親の未来資金シミュレーションを行い生活や介護資金に余裕が見込まれれば、法定相続人一人当たり5百万円の生命保険金の相続財産の非課税枠を活用することは、相続対策の定石です。非課税枠2千万円の場合、2千万円の現預金は100%課税されますが、2千万円の生命保険受取請求権は課税対象外となります。
断片的な知識や思い込みでは対策を取ったつもりが効果を発揮しない場合もあります。何の対策も取らず遺族に遺せるお金を減らしてしまうこともあるのです。結構大胆なことを平然とされていると感じることは多々あります。信頼できる相続対策の専門家と巡り合えると財産を遺す人も受け取る人も安心できるのではないでしょうか。